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中国発創薬研究の米国企業へのライセンスイン・買収動向(2019~2024年)

motoshihayano

1. 全体の動向(2019~2024年)過去5年で、中国の創薬シーズを欧米(特に米国)企業がライセンス取得・買収する動きは急増中である。2017~2019年は年あたり10件未満だったが、2020年に約39件、2021年43件、2022年51件と増加し、2023年には約70件に達している(1)。契約総額も拡大し、2022年の約280億ドルから2023年は465億ドル超と約7割増加している (1)。特に15件以上が単一契約額10億ドル超となる大型取引で、例えばブリストル・マイヤーズ Squibb(BMS)が中国BioKin社のADC新薬を総額84億ドル(前払金8億ドル)で導入するなど巨額ディールが相次いでいる (2)。


 これらクロスボーダー契約の活性化により、中国企業には多額の資金流入がもたらされ、一方で米国企業は自社パイプライン強化に必要な革新的資産を獲得できるため双方に経済的メリットがある (3)。特に製薬大手は不足しがちな開発品を補充し、中国側は得た資金で研究開発を加速・グローバル展開力を強化する「win-win」の関係が形成されている (4)。技術移転の面でも、中国初の新技術や創薬プラットフォーム(例:新規ADC技術、二重特異性抗体など)が米国企業に導入されることでグローバルな創薬技術水準の向上につながっているとも言える (5)。


 また契約形態としては、開発初期段階(非臨床~Phase1)のシーズの導出が全体の半数超を占め、創薬段階から海外連携するケースが増加傾向にある (6)。適応症分野では腫瘍領域が全体の約7割と突出しますが、近年は肥満・心血管・免疫疾患など分野も多様化している (7)。


2. 2024年の代表的な事例(上位5件)2024年に発表された中国発シーズのライセンス/買収取引の中でも、特に契約金額の大きかった5件は以下の通り。


1.    Hengrui(中国恒瑞医薬)→ Kailera Therapeutics社(米国): 肥満症治療のGLP-1受容体作動薬3品目のグローバル権利がライセンス (8)。

2.    Argo Biopharma(中国)→ Novartis社(スイス): 心血管疾患向けRNAi創薬で画期的な成果を上げ、核酸医薬4プログラムをノバルティスに導出 (9)。

3.    LaNova Medicines(中国・上海諾華医薬)→ Merck社(米国、MSD): 抗PD-1×抗VEGF二重特異性抗体「LM-299」の全世界開発・販売権がメルクにライセンス(10)。

4.    Hansoh Pharma(中国・豪森製薬)→ Merck社(米国、MSD): 経口小分子GLP-1受容体作動薬「HS-10535」がメルクにライセンス (11)。

5.    ImmuneOnco(中国、上海嬴正生物)→ Instil Bio社(米国): 抗PD-1×抗VEGF二重抗体「IMM2510/27M」他のライセンス (12)。

中国企業名

ライセンシー

適応症

創薬技術

契約総額(億ドル)

Hengrui(恒瑞医薬)

Kailera Therapeutics(米)

肥満症・糖尿病

GLP-1作動薬

60

Argo Biopharma

Novartis(スイス)

心血管疾患

RNAi創薬

42

LaNova Medicines

Merck(米)

がん免疫

二重特異抗体

33

Hansoh Pharma

Merck(米)

肥満症・糖尿病

経口GLP-1作動薬

20

ImmuneOnco

Instil Bio(米)

がん免疫

二重特異抗体

20

 

3. 日本の基礎研究と創薬の国際的競争力(中国との比較)日本の創薬基盤の相対的位置づけも変化している。研究開発費の規模を見ると、日本のライフサイエンス分野へのR&D投資は米中に比べて大幅に少なく、ある分析では*「日本180億ドル vs 米国1,790億ドル vs 中国1,000億ドル」*という試算がある (13)。


 また創薬関連特許件数も、中国や韓国で近年急増しているのに対し日本では横ばい傾向(14)。実際、中国のバイオ関連PCT特許出願は2013年266件から2023年には1,920件へと約720%増加し世界シェア19.8%に達したとの報告がある(15)。

創薬シーズの海外導出(ライセンスアウト)に関しても、日本は苦戦中である。2023年の中国企業によるライセンスアウト件数(約70件、総額465億ドル)に対し、日本企業・研究機関から海外製薬への大型ライセンスアウトはごく少数 (16)。


中国からのライセンスインが増えている理由

 中国での創薬シーズのライセンスインが増加している背景には、以下の主要な要因があると考察される。


1. 臨床開発の迅速化

 中国では近年、臨床試験の承認プロセスが大幅に効率化されており、これが創薬企業の競争力を高めています。2015年以降、中国政府は創薬開発の規制を緩和し、米国FDAや欧州EMAと類似した迅速審査制度(NMPA(中国国家薬品監督管理局))を導入している。例えば、優先審査制度(Priority Review) や 治療指定(Breakthrough Therapy Designation) を適用することで、審査期間が平均で50%以上短縮されるケースも増えている。また、14億人の人口を抱える中国では、臨床試験の被験者リクルートが容易であり、欧米に比べて短期間で試験を完了できる利点がある。特に、がんや糖尿病などの疾患では世界最大規模の患者データベースが活用されており、医薬品開発におけるデータ収集速度が飛躍的に向上している。


 さらに、臨床開発においてもCRO(臨床受託機関)の発展しており、WuXi AppTec(無錫薬明)やTigermed(泰格医薬)などのCRO/CDMO企業が急成長し、臨床試験のアウトソーシングが容易になっている。また、低コストで高品質な開発環境が整い、米国企業が中国発の創薬シーズを採用しやすくなっている。


2. 基礎研究の強化

 中国政府は基礎研究の強化に巨額の投資を行っており、これが創薬分野における国際競争力向上の要因となっています。2020年、中国政府は「健康中国2030」計画の一環として、バイオテクノロジー分野に年間1,000億ドル規模の研究費を投資。主要な国家研究機関(中国科学院、清華大学、復旦大学など)に対し、新薬の基礎研究やバイオ医薬品開発に特化した補助金を増加させている。

 

 その結果、創薬関連特許の国際出願数(PCT出願)で、中国は2013年の約266件から2023年には約1,920件へと720%以上の急増を記録。米国・欧州企業が中国の研究成果を注視し、早期に技術導入を進める流れが強化されている。また、AIやデータ解析技術の活用を行っており、Insilico Medicine(英矽智能)やXtalPi(晶泰科技)などのAI創薬企業が台頭し、米国企業との共同研究が活発化。AIを活用した創薬ターゲットの最適化や臨床試験デザインの改善が進んでおり、革新的な研究成果が短期間で商業化可能になっている。


3. 国際提携の拡大

中国のバイオテック企業は積極的にグローバル提携を展開しており、これがライセンスイン増加の大きな要因となっている。2023年の中国発創薬のライセンス契約総額は465億ドルに達し、過去最大規模を記録。例えば、ブリストル・マイヤーズ Squibb(BMS)が中国BioKin社の抗体薬物複合体(ADC)を84億ドルでライセンスインするなど、大型契約が増加している。


4. 低コストで高品質な新薬開発環境

中国の製造コストは欧米の約1/3とされ、臨床試験費用も約50%低いため、海外企業が中国での共同開発を選択しやすい。


5.  欧米企業の戦略的判断

欧米の製薬企業は特許切れリスクを補填するため、中国発の新規分子や新技術を早期に取り込む戦略を強化。例として、2024年にはメルク(Merck & Co.)が中国LaNova MedicinesのPD-1×VEGF二重特異抗体「LM-299」を33億ドルで導入しており、先端技術を積極的に採用している。


考察:今後の影響


米国・欧州製薬企業への影響

  • 中国発の創薬シーズが増えることで、米国や欧州のバイオテック企業との競争が激化。

  • 一方で、中国の研究開発成果を利用することで、欧米企業は低リスクかつ迅速に新薬を開発できるメリットがある。


日本の創薬産業への影響

  • 日本は臨床試験スピードや研究費の点で中国に劣後しているため、海外企業との競争で不利な立場に立たされる可能性がある。

  • 例えば、2023年に中国企業が70件の国際ライセンス契約を結んだのに対し、日本企業の同規模案件はわずか数件に留まる。

  • 日本の研究シーズを国際市場に導出する戦略強化が必要であり、中国の成功事例から学ぶべき点が多い。

 

結論

中国の創薬ライセンスイン増加の背景には、臨床開発の迅速化、基礎研究の強化、国際提携の拡大という3つの主要要因がある。米国や欧州の企業にとっては有望な創薬シーズを低コストで導入できる利点があり、この流れは今後も続くと予測される。一方、日本の創薬産業は国際競争力を維持するために、研究開発投資の拡充、臨床試験の効率化、オープンイノベーションの強化が求められる。

 

 

出典リスト

1.    "Out-licensing Deals Between Chinese Pharma and Global Companies are Heating Up" – Pharmaceutical Executive (2024年1月19日)

2.    "For Chinese biotechs, the out-licensing business is scorching hot." – FierceBiotech (2024年4月11日)

3.    "I-Mab And AbbVie Enter Into Up To $1.94 Billion Global Strategic Partnership" – Goodwin Law (2020年9月8日)

4.    "Jiangsu Hengrui Pharmaceuticals Out-Licenses GLP-1 Portfolio" – Cooley LLP (2024年5月17日)

5.    "Argo Signs $4.2 Billion Agreement Selling Four RNA Candidates to Novartis" – ChinaBio Today (2024年1月8日)

6.    "MSD Enters US$3.3B Deal to Develop LaNova’s PD-1/VEGF Bispecific Antibody" – Pearce IP (2024年11月14日)

7.    JPMA医薬産業政策研究所, "医薬品の研究開発の実態", リサーチペーパーNo.82 (2024年3月)

8.    "Japan’s innovative life sciences sector risks falling behind global rivals" – Economist Intelligence Unit (2020年9月29日)

9.    "How Innovative Is China in Biotechnology?" – ITIF (2024年7月30日)


 
 
 

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